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[ 2015.10.28 Wednesday  ]

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おかずにもよし、酒のつまみにも…『トドクのムッチム』

[ 2007.10.04 Thursday 23:23 ]
チュソクのときってご先祖様にお供えする料理を大量に準備
するのですが、シテク(夫の実家)ではオモンニム(義母様)が

『久々に帰ってくる息子や娘の家族達に食べさせてやりたい』

とお供えでない料理もいくつか大量に準備なさるんです。
そのひとつがこちら더덕무침《トドク(ツルニンジン)のムッチム》

더덕は見た目、朝鮮人参に似ていますが味は異なります。
ごぼうの味にも似ておらず、独特な風味の根菜なんです(^o^)/
今回初めて더덕무침を作るお手伝いをして参りました。
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ムッができるまで

[ 2007.01.22 Monday 10:37 ]
韓国でムッ(묵)を食べたことのある方
いらっしゃいますか?
ムッは0kcalということもありダイエットにもよい食べ物といわれています。
年末にシテク(夫の実家)に行ったとき、オモンニム(義母様)が
「今日はムッを作る」とおっしゃったときのこと。

「キムチを手作りしている家は今も結構多いけど、ムッまで
手作りしている家は韓国でもそうはないと思う」とオッパ。
これもまたいい機会だと思い、手伝わせていただきました。
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初めてのコチュカル作り

[ 2006.12.02 Saturday 16:36 ]
今日は久しぶりに韓国のお話を^^。

10月のチュソク(旧盆)を終えて、アジュボニム(義兄様)一家と
ソウルへ戻る日の朝、食器洗いをしていた私に
「コチュカル持ってかえる?」とオモンニム(義母様)。
韓国語でコチュは唐辛子、カルは粉、すなわち唐辛子粉のこと。
わが家でもよく使うので「はいっ、ぜひ!」と返事しました。

朝の片付けが終わり、気がつくとオモンニムの姿が見当たらず。
あれっ?もしかして外に出て行かれたのかなと玄関を開けたら…
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初めてのアンブチョナ(安否電話)

[ 2006.08.10 Thursday 15:02 ]
先程シプモニム(義父母様)へアンブチョナ(安否電話)をしました

アンブチョナとは特に用事はないけれど、元気にしてるかとか
ご飯は食べたか…などといったちょっとしたことを話すような
電話のこと。韓国の人はこのアンブチョナをよくします。

先月シプモニムが来日されている間もヒョンニム(義兄嫁様)は
ちょくちょく「日本で楽しんでいらっしゃいますか?」とか
「体調崩してらっしゃらないですか?」とアンブチョナを
かけてこられていました。

そしてシプモニムが韓国へ戻る日。
アボンニム(義父様)が私におっしゃいました。

「たまには電話をしてきなさい」

私はアンブチョナがあるのを知りつつも韓国語ではうまく話も
できないし、今は日本にいるんだからかけなくてもまぁいいかと
たかをくくってました。
シプモニムが今年の春にカンボジアへ旅行されると聞いたときは
前日に「旅行楽しんできてくださいね」と電話を入れたけれど、
特に何もないときにはなんと電話していいかわからないしなぁと
思っていて…。

アボンニムのお言葉で私からのアンブチョナも望んでらっしゃる
ことに気づいたのでした。
今までしなきゃしなきゃと思いつつやっていなかったのですが
今日、ようやくその重い腰をあげていざ電話。

「ヨボセヨ(もしもし)」とアボンニムの声。
「りおです。アンニョンハセヨ」
「ん、誰だって?」

声が聞き取りにくかったようなのでもう一度名乗ると
「おぉ〜、りおか。元気にしてるか?日本は暑いだろう?」
そのあとオモンニムに電話を変わってくださり

「りお、ご飯は食べたかい?」

「はい、食べました。昨日作って残っていたキムチチゲを。
でも汁が多かったのでオッパからは『キムチチゲじゃなくて
キムチグッだね』といわれましたが…」

「ハハハ…そうかい。それじゃまた、元気でね」

「はい。オモンニムもお元気で」

実際やってみたら簡単だなぁというのが率直な感想。
自分の実家にかけるのと同じぐらい気軽にアンブチョナを
していけたらなと思いました(^^)
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キムチを作るに至るまで(6)

[ 2006.06.11 Sunday 23:58 ]
下から上に向かうにつれ、葉の大きさが小さくなっていく。

小さい葉の部分までヤンニョムを塗ったオモンニム(義母様)は
その小さい葉の部分をポキンとおって作業を見ていた私の方へと
目をやった。私にその部分をあげようとしているのがわかった。
私が手を差し出すのと、オモンニムが私の口へキムチを運ぼうと
する動作が重なった。あっ!と思い、私が口を開けると
オモンニムがキムチを口へ放り込んでくださった。

おいしいっ!サラダみたい!!

そしてヒョンニム(義兄嫁様)の口へもキムチを放り込んだ。

「マシッソヨ(美味しいです)、オモンニム」

オモンニムはてっきり手に乗せてくれるとばかり思っていたので
口に運ばれてきたときは驚きだった。私たちったらまるで親鳥が
運んできたえさを食べるひよどりみたい(^^;
なんだか照れくさかったが、こうやって食べ物を口に運んで
くれるというのも人の距離が近い韓国ならではかなと思った。

しばしオモンニムたちの手つきを見た後、私もヤンニョム塗りを
やらせてもらった。ゴム手袋をはめてヤンニョムを手に取る。
葉の間に塗りこんでいるとヒョンニムが

「根元にもちゃんと塗り込んで」
「ニラや大根が葉先から根元までまんべんなく散らばるように」

と教えてくれた。

しゃがみながらヤンニョムを塗りこむのはけっこうしんどい。
足がしびれてくるようだし、さっきお昼ごはんをお腹いっぱい
食べていたのでお腹がつかえる〜( ̄θ ̄;
今度キムチを作るときは腹八分にしておこう。

ヤンニョムが塗り終わったらタッパーに入れるが、その前に
ちょっとした工夫がある。
白菜の一番外側の葉を1枚手にし、白菜の切り口のほうへ
くるっと巻きつけるのだ。
どうやら白菜の葉がバラけず、中に入ったニラや大根が
飛び出ずにすむし、食べるときに取り出しやすくなるから
そのようにするみたい…。

ちなみに作りたてのキムチをセギムチ(セは新という意味)。
少し時間がたってすっぱくなってきたキムチをシギムチ(シは
すっぱいという意味)といいます。
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キムチを作るに至るまで(5)

[ 2006.06.10 Saturday 23:19 ]
ヤンニョム作りに関してはヒョンニム(義兄嫁様)もまだまだ
勉強中なのでヒョンニムと私はオモンニム(義母様)の一挙一動を
見逃すまいとしゃがんでらっしゃるオモンニムの向かいに
しゃがんだ。

オモンニムがまず手に取ったのは粉唐辛子の入ったタッパー。
うちでキムチ保存用に使っているタッパーと同じサイズのもの。
白菜2株ゆうに入るタッパーが粉唐辛子で満たされている。

タッパーの中に一緒に入れておいてあるおたまでオモンニムは
粉唐辛子をボウルへ入れていく。
1杯、2杯、3杯…(えっ?まだ入れるの?)と数えてると
ついに12杯にまでなった。
一度にこれほど大量に粉唐辛子を料理に使ったことがないので
さすが韓国と思わずにはいられない(^^;
その後セウジョッ(アミの塩辛),ミョルチジョッ(いりこの塩辛),
タジンマヌル(にんにくのみじん切り)をオモンニムの目分量で
加えていった。
オモンニムが手でそれらを混ぜ合わせ、足りないと感じた
調味料をそのつど追加していく…。
目分量であってもオモンニムにはきっと『これでよしっ』という
配合の目安が確立しているに違いない。
私はただただ驚き、見ているばかりであった。
銀色のボウルの中身がうまく混ざった後、その中身をたらいに
入れておいたニラと大根の中に移し、手でもむようにして
混ぜ合わせていった。
オモンニムが
居間にビニール
シートを敷き、
ヒョンニムが
庭から塩漬けの
白菜を持ってきた

いつの間に白菜
塩漬けにしてたん
だろう…

白菜はすでに
2等分ずつに
されている。
オモンニムたちは
ゴム手袋をはめ

白菜の外側の方を下にすると右手にヤンニョムを掴み
葉の間にヤンニョムを慣れた手つきで塗りこんでいった。
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キムチを作るに至るまで(4)

[ 2006.06.09 Friday 23:43 ]
オッパ家の朝は早い。
アボンニム(義父様)とオモンニム(義母様)の声で遠くから
聞こえてきて、その声で目が覚める。時計を見ると5時。
アボンニムは庭の掃除や車で近所のきれいな湧き水を汲みに
でかけられ、オモンニムは台所で食材の整頓などなど…。

普段特に何もないときはヒョンニム(義兄嫁様)も私も7時頃に
起きて台所に向かう。
(あまり早く起きすぎてもオモンニムから「特にすることはない」
といわれてしまうので^^;)
この日はキムチ作りがあったのでやや早めの6時半に起床した。

白菜のキムチの作り方を大まかに説明すると
’鮑擇魃漬けにしておく
▲筌鵐縫腑爐鮑遒
G鮑擇陵佞裡泳脾泳腓隆屬縫筌鵐縫腑爐鯏匹蠅海鵑任い
な歛戸憧錣貌れてできあがり

ヤンニョムというのはいわば『たれ』のようなもの。
オモンニムはヤンニョムにニラと大根を入れるので、これまた
たらいいっぱいのニラを持ってきて、ニラのしおれたところや
傷んでいるところがあればそこを取り除くように私に指示。
私はニラを一本一本チェックしていき、その間オモンニムは
大根を程よい大きさに拍子切り。

ニラと大根が準備できるとオモンニムが

「パガジを持ってきて」

パガジ(바가지)!こないだ韓国語学校で習った単語だ。
たしか水を汲んだりするものっていう意味だったな…
ってことはひしゃくのようなものを持ってくればいいのかな?
 
ひしゃくは見当たらなかったのでおたまを持って渡したが
そのときオモンニムの表情を見てすぐ、私がオモンニムの要求に
添えなかったことに気づいた。
オモンニムが腰を上げ台所の棚の方に向かわれ手にしたのは
銀色のボウル。

あ〜。ボウルもパガジって言うんだぁ
またひとつ賢く?なった私。

銀色のボウルを調味料のあるそばまでもっていったオモンニム。
いよいよ調味料の配合だ。
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キムチを作るに至るまで(3)

[ 2006.06.06 Tuesday 23:35 ]
オモンニム(義母様)やヒョンニム(義兄嫁様)の背中を見ながら
シテク(夫の実家)で滞在する日が増えてくるにつれ、少しずつ
できることが増えてきた。

初めて扱えた食材はにんにく。オモンニムが庭に出て行かれたが
戻ってきたときには大きなたらいにいっぱいのにんにくを抱えて
いらっしゃった。
オモンニムはにんにくの根を包丁で取って薄皮をむく。
まずはオモンニムの作業の仕方を観察し、これなら私でもと思い
台所から包丁を持ってきてにんにくの皮むきを始めた。
このあとしばらく二人無言でにんにくの皮むき作業(^^;

日本でにんにくを料理に使うときはせいぜい数かけらを切る
程度だが、このたらいの中には少なくとも百かけら以上あったと
思う。韓国料理はたいていの料理ににんにくをいれるからという
理由だけではない。
オッパは姉3人、兄1人の5人兄弟だがアボンニム(義父様)は
姉3人、弟と妹が1人ずつの6人兄弟の長男。
シテクはいわばオッパ家の本家であり、盆や正月、冠婚葬祭とも
なると集まる親族の人数が半端でないのだ。

今回の私たちの挙式は日曜日。親族は前日シテクへ集まるので
そのときの食事作りの仕込みをオモンニムは私が到着した
水曜の晩から始めていらした。

水曜の晩の台所で

「こないだ持っていったキムチは食べたかい?」とオモンニム。

「はい、もう食べきってしまいました」

「今回は大勢来るから新しくキムチを作ろうと思ってね。
 沢山もって帰んなさい」

やったぁ〜( ̄▽ ̄)!できたてのキムチが食べられるのも
嬉しかったですが、キムチを作る現場が見れることの嬉しさには
かないませんでした。
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キムチを作るに至るまで(2)

[ 2006.06.05 Monday 23:59 ]
今思えば、私が勝手に思い込んでいたんだと思う。

"私はここでは外国人で、韓国のしきたりを何もわからないから
オモンニム(義母様)はいろいろと説明してくれるはず。
『○○はこうやって作るの、××はこうやってやるの。調味料は
ここにあってね…』"と。

朝、私が台所に入ってきてもオモンニムは何の説明もせず淡々と
料理を作っている。
そういう思い込みがあったから何も教えてもらえず放って
おかれているのかと思い、みじめな気分になってきた。
だがヒョンニム(義兄嫁様)の『私も初めはみていただけだった』
という言葉でオモンニムの教え方はあれこれ説明しないやり方と
いうことに気づけた。

"ここは料理教室じゃない。オモンニムが何も言わなくても、
オモンニムやヒョンニムのやっていることを見て学ぼう。
この家の勝手が何もわからない自分なりにできることを見つけ、
率先してやろう"

そう思った。

食卓の台ふき。シテク(夫の実家)では韓国式のちゃぶ台を
まず台所へ運び、そこでちゃぶ台の足を出して料理を並べる。
それを二人がかりでちゃぶ台の端をもって居間へ運び、食事を
とるのだが、ちゃぶ台の足の出し方がわからずちゃぶ台と格闘。
みかねたヒョンニムがちゃぶ台を組み立ててくださり、ようやく
台ふきできた。

スジョ(スプーンと箸)並べ。スジョ並べなんて幼稚園生でも
できそうなことだが『左がスプーン、右が箸』という習慣すら
知らない私は逆に並べて「違うわ」といわれる。
スジョはそれぞれの持ち手にいろんな柄が施されているのだが
「これはアボンニム(義父様)のスジョだからここにおいて」と
という言葉で誰がどのスジョを使うかも覚えなきゃと痛感。

何もわからない自分でもこれくらいならできるだろうという
ことですら満足にできない自分が歯がゆかったが、これで覚えて
今後きちんとできるようになればいいんだと自分を励ました。
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キムチを作るに至るまで(1)

[ 2006.05.31 Wednesday 23:20 ]
今回の韓国行きで人生初の『キムチ作り』を経験しました。
『キムチを作る』に至るまで、シテク(夫の実家)の台所での
私がどんなふうであったかをちょっと記しておきます。

シテクを初めて訪問したのは2004年の12月。
オモンニム(義母様)のご飯を食べ終わり、ただ食べるだけでは
申し訳ないので「お皿、洗います」と申し出ましたが
オモンニムは「いいからゆっくり休んでいなさい」といって
私は台所にたつことはありませんでした。

そして1年後に再びシテクを訪れました。前回と違っていたのは
オッパと私が入籍していたこと。お昼過ぎに到着してトックッ
(韓国風お雑煮)を食べた後、私が皿洗いすることを申し出ると
前回と違ってオモンニムは私の申し出を断りませんでした。
シテクで初めての皿洗い。台所に入れてもらえたことが私を
家族として迎え入れてくれたように思われ、嬉しかったです。

翌朝。目を覚ましてすぐ台所へ向かうとヒョンニム(義兄嫁様)と
オモンニムはすでに朝食の支度を始めていました。

しまったー!!

何か手伝わなければと思うのですが、2人が今どんな料理を
作っているかもわからない。よく考えるとこの台所のどこに
調味料があるのか、調理道具があるのかを全く知らないのです。

手伝いようがなくてただ呆然と立ち尽くし後ろから二人の姿を
みているしかないだけの私。
そんなときに目に浮かんできたのは年末の祖父母の家の台所。
しかも私がまだ幼いときの台所の様子です。
母が祖母やおばたちとおせち料理の支度をしているとき…
あのとき、母はせっせと料理をしていたけれども母も初めて
祖父母の台所に立ったときはこんな思いをしたんだろうか…

そんな私に比べてオッパ家に嫁いで7年近くになるヒョンニムは
慣れた手つきでせっせと朝ごはんを作っています。
流しの下から調味料を取り出し、味付け。

あ、調味料はあそこにおいてあるんだ。詰め替え容器に入って
いるけどラベルがないから、どれに何が入っているのか
わからない…

ただじっと立っているだけの私とテキパキ料理を作っている
ヒョンニム。あまりの差に自分がみじめになってきたそのとき
こちらへヒョンニムがやってきて

「心配しなくていいのよ。私も始めはそうだった。
何もわからなかったから、ただ見ていただけだったのよ」

このヒョンニムの言葉に私はどれだけ励まされたことか。
違う方が私のヒョンニムだったならば、オッパ家の嫁入り生活は
今のように幸せなものではなかったかもしれません。

次回に続く
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