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[ 2015.10.28 Wednesday  ]

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韓国のお葬式(7)

[ 2006.02.12 Sunday 14:02 ]
デジカメの画像は山での埋葬の様子をおさめたものでした。
「りおは今まで見たことないから、どんなことをしてるのか気になっているだろうと思って
撮ってきたんだよ。ほら、ここに写っているのはね…」

「ありがとうございます。チョッチェコモブ(一番目の義姉の夫)」
お気遣いに感激ひとしおでした。
チョッチェコモブは画像を見せながら私にいろいろと説明をしてくださいました。
「あ、これも食べな。おいしいよ」とチョッチェコモブがハルモニムにお供えした
皮がむかれた生栗を盛り付けたお皿を持ってきました。

えっ(;゚゚)さっきお供えしたばっかりなのに…もう食べてしまっていいの?と思いましたが
見ると他の人たちもお供え物をつまみ食いしています。ならば私もと栗をぱくりと一口。
お供え物はりんご、梨、焼き豆腐、のり、スケトウダラの干物(頭と尾をカットする)、飴、
薬菓(ヤックァ:油で揚げたお菓子)などなど…けっこういろいろあります。
なかでも栗は人気があるようで、その後あっという間に皆に食べつくされてました(^^;

チョッチェコモブが撮られた画像は持って帰れなかったので、オッパに
「ブログ見て下さる人たちに、あの画像を見せたかったなぁ…」と言ったらオッパが
「このサイトの画像、なかなかいいんじゃない?ハルモニ(祖母)のときと様子がよく似てる」と
画像を探してきてくれました\(^▽^@)/ありがと、オッパ!
ここをクリックしてください。画像があります。

このサイトを下へスクロールしていくと、カラフルなみこしのようなものを運んでいる画像が
あると思います。この、みこしのようなものを꽃상여(コッサンヨ)といいます。
꽃(コッ)は花、상여(サンヨ)は棺を乗せて墓地まで運ぶ輿(こし)を意味します。
男性が亡くなったときはサンヨといってこのようなカラフルでない輿で棺を運ぶのですが
女性が亡くなったときはコッサンヨで棺を墓地まで運ぶのです。
墓地まで運ぶ役目を終えたサンヨはその場で燃やされます。

さらに下へスクロールすると棺が人々で囲まれている画像があります。
男性は帽子をかぶって上に白衣のような服をはおってます。
女性は上下真っ白の服を着ていますね。これは상복(サンボク:喪服)です。
以前コモンニムが来ていたような真っ黒のチマチョゴリもありますが
今回オッパ一家の親族は皆こういった喪服を着ていました。
男女ともに地味な色目の普段着を着て、その上に男性は麻布の韓服をまといます。
画像には白っぽい色の韓服もあるように見えますが、オッパたちは象牙色の韓服を着てました。
下にズボンをはいているように見えますがズボンではなく、すねの部分のみの麻布です。
布に共布の紐がついていて、すねに巻きつけた後に紐を結びます。そして帽子をかぶります。
女性は綿布のチマチョゴリ。スカート部分のチマは普段着の上から巻きつけるように着ます。
ボレロのような上着のチョゴリも普段着の上に羽織るように着ます。
こういった喪服は葬儀が終わると燃やして処分するそうです。

「ハルモニのときも、こんな風にクレーンが来て穴を掘ったよ。」とオッパ。
これには私も驚きました。
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韓国のお葬式(6)

[ 2006.02.11 Saturday 12:19 ]
翌朝は7時起床。
プモニム(両親様)やコモンニム(オッパの叔母様)方、アジュボニム(義兄様)、
ヌニム(義姉様)がた、オッパのサーチュン(いとこ)たちや、オッパはハルモニム(義祖母様)の
埋葬のため山にあるお墓へ向けて、起きたらすぐに出発。
2月4日は韓国でもこの冬一番の寒さを記録した日。とても寒い中、山で埋葬の儀式を
行なわなければいけなかったので家に戻ってきたときには皆さんぐったりされてました。

私とヒョンニム(義兄嫁様)は子供たちと家で留守番でした。
下は2歳から上は小学校6年生までオッパの姪っ子、甥っ子、はとこはあわせて9人。
オッパたちが山にいるあいだ、私とヒョンニムは子供たちに遅めの朝ごはんを食べさせ
その後は片付けと部屋の掃除、そして昼ごはんを準備しまた食べさせて掃除の繰り返し。
そして午後3時半ごろ、アボンニム(義父様)がハルモニムの遺影を胸に抱えて
皆、山から戻ってきました。

すると家の中は突然、それぞれの人がばたばたーっと動き始めました。
オッパは物置部屋から字の書かれた屏風を持ってきてハルモニムの部屋へ運び、
コモンニムはりんごの上の部分のみ皮をむいて、りんごの下の部分を安定するように
平らに切って…。
りんごが切り終わると梨を手に取り、梨をくるくるまわしながら皮を全部むきました。
りんごは全部むかないのになんで梨は全部皮をむくんだろうなんて疑問に思っているうちに
茶色い小さなちゃぶ台(韓国の家庭には必ず1個はあるはずというくらい普及してます)に
りんごや梨以外のお供え物が並べられハルモニムの部屋に運ばれていきました。
山から帰ってきてあっというまにハルモニムの部屋はこのような準備が整いました。


このとき親族30人近く家に集まっていたと思います。ハルモニムの部屋に
アボンニム、アジュボニム、オッパ、オッパの叔父様の長男(オッパの叔父様は
既になくなってらっしゃるので、おそらく叔父様の代わりにということだと思う)が入られ
それ以外の親族はハルモニムの部屋の外にある広間に集まりました。
病院のハルモニムの祭壇の前で行ったような礼拝をアボンニムが行います。
アボンニムが杯を持ち、オッパが杯にお酒を入れるとアボンニムが杯を回して杯を祭壇に戻す…

ハルモニムの部屋にいらっしゃる4人がクンジョルを始めると、一斉に広間にいる親族も
それにあわせてクンジョルをしました。
どんなふうなことをするのかなぁと横目で周りを見ていた私も慌てて皆にあわせてクンジョル。
全員でクンジョルが終わると、女性陣は早速夕方皆で食べるための食事の支度開始です。
私も手伝おうとしていたとき、チョッチェコモブ(オッパの一番目のお姉様の夫)から
「ちょっとこれを見てごらん」とデジカメの画像を見せられました。
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韓国のお葬式(5)

[ 2006.02.10 Friday 11:22 ]
ヒョンニムと一緒に病院の斎場に入ると
「りお〜、こっちこっち」
オッパはほろよい状態。そこにはお会いしたことのあるオッパの友達や先輩、後輩が
テーブルを囲んでお酒を飲んでいました。中には今回初めてお会いする方も
いらっしゃいました。
テーブルには昼にはなかった生ガキやピーナツ、するめも出されていました。
夜になると飲みがメインになるからでしょうか、出す料理も変えるんだなぁ〜。

「りおにまだ会ったことない人たちも来てくれたから、りおを紹介しようと思って呼んだんよ」

集まったオッパの先輩、友達、後輩の中にはソウルから駆けつけた方もいらした。
もし日本で自分の祖母がなくなったっていうときに、親しい友達が参列するということは
あったとしても先輩、後輩までは普通来ないよなぁ…
しかも高速バスで2時間かかるくらい離れたところからだったらなおさらと
その場で口には出しませんでしたが感じていました。

しばらくオッパの先輩たちと話していましたが、時間がたったころヒョンニムが
「私はそろそろ帰るけど、どうする?」と聞いてこられたので、オッパが
「ヒョンニムと一緒に家に帰って。私はもう少し後に帰るから」といって
私はヒョンニムと一緒にタクシーで帰りました。

ヒョンニムが「日本でも人が亡くなったときには皆で集まるの?」と聞いてこられたので
「はい、親族はもちろんたくさん集まります。でも自分の祖母がなくなったというときには
自分の先輩や後輩までは来ませんね。なのでオッパの先輩や後輩が来られているのを見て
びっくりしていたんです」
するとヒョンニムは「韓国ではみーんな来るのよ」とおっしゃいました。

この日私が家に戻ってきたのは日付が変わって午前1時。長い一日でした。
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韓国のお葬式(4)

[ 2006.02.09 Thursday 13:20 ]
オッパと家に戻り玄関の扉を開けると
うぁっ(゜Д゜ノ)ノ!!ここはチヂミ製造工場?
玄関すぐの広間にアジュンマ(おばさん)が10人くらいで各自持ち寄ったと思われる
ホットプレートやカセットコンロにフライパンをのせてチヂミを作っていました。
作っているチヂミを見ると病院で食べたのと同じ。
も、もしかして病院で出す全ての料理を家で作っているの(;゚Д゚)?!
てっきり業者に頼んだものを出してると思っていたのだけど…。

台所からヒョンニム(義兄嫁様)が出てこられました。どうやらヒョンニムが家での支度を
一手に仕切っているようです。
オッパは急いで服を着替えるとヒョンニムから出来上がったチヂミをつめたダンボールを
渡され、それを持って病院に戻っていきました。

「りお、夜にまた病院にきてって連絡するかもしれない。それまではヒョンスニム(兄嫁様)を
手伝いながら家で待機してて。じゃ、行ってくるね」という言葉を残して…。

「トンソ〜(私のこと)、朝から早くトンソが来ないかって待ってたのよ」
その言葉の意味がよーくわかりました。
台所にいくとシンクは皿の山・山・山!!
「ヒョンニム、あちらでチヂミを作られている方々は?」
「ご近所さんやオモンニム(義母様)のお友達よ。みんなホットプレートや道具を持ってきて
手伝ってくださってるの」
私が家へ戻ってきたのはお昼過ぎ。手伝いに来てくださった方へお昼ご飯を出したので
その方々が使った食器だけでもざっと10人分。それに料理の下準備でたくさんの道具の
洗い物もあるのだから山になってて当然でした。
「病院でお客様に出している料理って全部家で作ってるんですか?業者に注文したものかと
思っていましたが…」
「注文したのもあるけど、チヂミとかこうやって家で作ったものも出してるのよ」
日本でも田舎のほうのお葬式は近所の人たちがこんな風に手伝ってくださったりするから
それに似ているなぁと思いながらまずは言葉ができなくてもOKな皿洗いで私もお手伝い。
家のなかはどたばた状態。ここをヒョンニム1人で仕切っていたのはさぞかし
大変だったろうなと思い

「ヒョンニム、朝から大変だったでしょう?」
「もちろん!コーヒー飲む暇すらないわよ」

やっぱり( ̄□ ̄;)
チヂミ作りが一段落したようなのでコーヒーをお出しして、皆さん帰宅。
コーヒーが大好きなヒョンニムが今日まだコーヒーが飲めてないとおっしゃっていたので
ヒョンニムにコーヒーをいれて差し上げました。

「ありがと、トンソ。
一旦休憩だけど、この後は掃除よ。ほとんどの方は病院のほうへ来られると思うけど
うちのほうにもお客様が来られるかもしれないから」

ヒョンニムがコーヒーを飲み終わったら、早速各部屋に掃除機をかけ雑巾がけ。
チヂミ作りをしていたので、生地が床にこぼれて固まっているところがあちこちありました。
念入りに拭き拭き。
一通り終わるとヒョンニムが洗った雑巾を持ってきて

「もう一度拭いてね。ピカピカになるように」

再度雑巾がけです。

それからユニットバスでチヂミを作るときに使った直径80儖未△襪鵑犬磴覆いっていう
たらいをシャワーをかけながら洗い、夕食の支度。食べ終わったら後片づけ。

ふぅ〜。(心のつぶやき)

一段落したのでヒョンニムとテレビを見ていました。
オッパからまだ連絡がない。オッパはひっきりなしに訪れている弔問客の対応で
休む間もないんだろうなぁ…。
それに比べて私は、息抜きしている時間があるんだからまだ楽なほうだ。

23時半頃、家の電話が鳴りました。オッパからです。
「りお、今から病院に来てくれる?」
「行ってもいいけど、私1人ではどうやって行っていいかわからないよ」
「ヒョンスニム(兄嫁様)に頼んで、ヒョンスニムと一緒にタクシーで病院まで来て」

私とヒョンニムはタクシーで病院に向かいました。
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韓国のお葬式(3)

[ 2006.02.08 Wednesday 23:16 ]
アボンニム(義父様)やアジュボニム(義兄様)と少し会話をしたあと祭壇のほうへ向かいました。
前回私はご霊前での礼拝は行わなくてよいといわれたのでしませんでしたが今回はするようにといわれました。
お坊さんが来て全員でお経を聞くということがないからでしょうか、祭壇の前に弔問客が
全員集合することはありません。随時訪れたら祭壇で礼拝をします。

ご霊前での礼拝、韓国では次のように行います。

1.祭壇に置かれている杯を両手で持つ
2.杯に他の人からお酒を入れてもらう
3.杯を自分の前で円を描くように時計回りに回す
4.杯を祭壇に戻す
5.クンジョルという礼を2回行う
 ※クンジョル:立ち上がった状態からひざまずく→土下座のように床におでこが着くぐらい
  頭を下げる→再び立ち上がるという礼

小さな声でお経を唱えながらクンジョルをする方もいらっしゃいます。
親族はこれで礼拝終了。
親族ではない弔問客はこの後喪主と向き合い、互いに1回クンジョルします。
そして互いにパンジョルをし弔問客はお悔やみを述べ、喪主は弔問してくださったことの
お礼を述べます。
 ※パンジョル:立ち上がった状態からひざまずく→土下座のように床におでこが着くぐらい
  頭を下げる→頭を起こした後、再び立ち上がらず正座のまま床に手をつき一礼

香典は祭壇のある部屋に부의함(プウィハム)という投票箱のような箱が用意されているので
そこに入れます。
香典受付担当の人はいません。
日本だと葬儀会社の人がいろいろと手伝いをするように思うのですが、葬儀会社の人と
思しき人はみあたらず、しいていうなら奥に食事を準備する部屋があるのですが
そこで皿に料理をもりつける係のアジュンマ(おばさん)が二人いたくらいでした。
礼拝が済んでから各自テーブルで出された食事を食べ、弔問客どうし話をしながら
時間を過ごした後、弔問客は帰っていきます。

私はその日までクンジョルをしたことが一度もありませんでした。
他の人がされているのを見て、なんとか見よう見まねでオッパと一緒に礼拝しました。
礼拝が済んだ後、アジュボニム(義兄様)、サーチュン(オッパのいとこ)と食事。
食事を済ませ私がオモンニム(義母様)へ「何か手伝わせてください」と話しかけると
オモンニムは私には家に帰るように、オッパへは一旦家に帰って服を着替えて
また戻ってくるようにおっしゃいました。
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韓国のお葬式(2)

[ 2006.02.07 Tuesday 10:03 ]
病院の斎場に入ると喪服を着たアボンニム(義父様)やアジュボニム(義兄様)が来られました。
オモンニム(義母様)やヌニム(義姉様)は訪れた弔問客へ食事を配膳するのに大忙し。

病院に弔問客が訪れている様子を見ていて、日本のお通夜にあたる行事だなと感じました。
日本でのお通夜はお通夜というだけに夜、行われますよね。
韓国では時間は特に何時から何時までと決まっていません。
まさに『朝から晩まで』という言葉がぴったりなくらい、時間を問わず弔問客が訪れます。
前回参列したコモブ(オッパの義理の叔父様)のときも今回も昼12時ぐらいに弔問しました。
日本でお通夜に出される食事というと、私はのり巻きやおいなりさんを思い出すのですが
韓国ではキムチやチヂミ、その他数種類のおかずにスープ、ご飯が出されます。
横にある葬式用の献花がなければ弔問客が食べている様子はまさに食堂そのもの。
テーブルには焼酎、ビール、ジュースや水が紙コップとともに置かれていて
飲み物はセルフサービスです。
参列していて日本では見かけないなぁと思ったものがこちら

画像右側の紙コップ。コップには花とトンボが描かれています。
左は日本でよく使われている紙コップ。それに比べ右のは小さいですね?
この右側のコップ、焼酎用なんです。
韓国では焼酎を割らずにストレートで飲むので通常ショットグラスを使います。
それでこういった紙コップもあるんですね。
日本でも日本酒飲むときに便利そう〜と思ってしまいました(^^;
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韓国のお葬式(1)

[ 2006.02.06 Monday 00:43 ]
忠州のバスターミナルに到着するとすぐにタクシーを拾いました。
オッパが運転手さんに病院に向かうよう伝えたのですが、病院と聞いても驚きはなかったです。
実は韓国のお葬式に参列するのは2度目。2004年の年末、初めて忠州に行っていたとき
ソウルに住んでいるコモンニム(オッパのお父様の妹)の夫、すなわちオッパの義理の叔父様が
亡くなったという知らせが入ったんです。その日ソウルへ戻る予定だったので
すぐに荷物をまとめてアボンニム(義父様)の運転する車に乗り込みソウルへ向かいました。
そのときはまだ結婚してなかったので私はお葬式には出れないだろうと思い

「私、アボンニムやオッパがお葬式に出ている間どこか他のところで待っていよっか?」
「いや、さっきお父さんが『りおも来ていい』って言ってたから一緒に行こう」

ということで、私も一緒に行ったんです。
車を走らせ、着いたところは病院。
向かったところには、座敷に低いテーブルが置かれた食堂のような部屋がありました。
決して食堂でないことはすぐに分かりましたよ。
テーブルの置かれた横には遺影が飾られた祭壇が置かれていたので。
韓国の病院にはこういった葬祭会場が複数準備されており、弔問客が訪れるのです。

私たちが入ってくると真っ黒なチマチョゴリを着たコモンニムが出迎えてくださいました。
オッパがコモンニムに私を紹介すると、コモンニムは私に会ったのが初めてなのに
「よくきてくれたね。」といいながら私の手を両手で握り、歓迎してくださったのが嬉しかったです。

前回チマチョゴリを作ったときにそういえばと思ってオッパに聞いてみたことがあります。

「喪服のチマチョゴリもオーダーして作るの?」
「ううん。喪服のチマチョゴリは作らないでレンタルするよ」とオッパが言ってました。
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